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教師としての心構えを考える

 投稿者:敏・記  投稿日:2016年 8月31日(水)00時38分2秒
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  ・きょう(31日「野菜の日」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価 で尊い。たしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・吉洋学兄(横浜市)・祥子学姉(町田市)・かおり学姉(広島市)・サローヤン(アメリカの小説家、1908年)モンテッソーリ(イタリアの教育家、1870年)《歴史メモ・マラヤ連邦独立宣言(1957年)・シンガポール、完全独立宣言(1963年)》)

 いよいよ二学期のスタート!スタートに際して、教師としての心構えについて、ご一緒に考えてみたいと思う。
1、子どもは先生の目を見て教育される
 混迷してしまっている現在の日本の教育現状にあって、一番苦労しているのが現場にいる教師ではないかと思う。そんな時であるからこそ、『愛の賛歌』(Ⅰコリント書13章)を拠り所にして責務を果たして行きたい。その聖句とは『愛はすべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える』というみ言葉である。
 この『愛』の箇所を『教師』という言葉に、『すべて』の箇所を『生徒』という言葉に置き換えて読んでみよう。すると、『教師は生徒を忍び、生徒を信じ、生徒を望み、生徒を耐える』となる。この愛の姿勢が、毎日の教育の原点だと確信する。
 かってソクラテスが一人の男の子を家に送り帰してから、「わたしはこの子には何も教えることは出来ません。なぜなら、この子はわたしを好きでないからです」と告白したという。教師にとって「指導法」や「教材の工夫」も大事ではあるが、まず子どもから信頼される事が第一条件である。子どもから信頼されなければ、学習も学級経営も成り立たない。そして、この教師と生徒との信頼関係は、片方だけで作られるものではなく、双方によって作られるのである。
 この二学期、子どもとの関係がもしうまく行かないことが出てきたら、先ず自分と神さまとの関係を問うてみることである。なぜなら、教師と生徒との関係は、神さまとの関係がうまくいっているのかどうかに反映するからである。子どもたちは、鋭く先生の本心を看破する。何によって看破するかというと、教師の目を見てである。先生の目に偽りがなく、愛の輝きがあることを知ったならば、子どもはとことんついて来る。
 子どもの足の向けやすい教師とそうでない教師との分かれ目は、どこにあるのだろう。それは、主イエスの十字架を通して受けた愛の眼差しで教育しているかどうかにかかっているといっていいのではないかと思う。なぜなら、私たちがどんなに自分の努力で子どもたちを愛そうとしても、自分の力で人を愛することは出来ないからである。M学園の先生から聞いた、一人の男の子のつぶやきの言葉を付け加えたい。『ぼく、イエスさまみたいにやさしい先生が好き!』。(明日へつづく)
 
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