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何をするにも愛を目的とする

 投稿者:敏・記  投稿日:2016年 8月22日(月)01時17分12秒
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  ・きょう(22日「チンチン電車の日」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価 で尊い。たしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・すみ江学姉(横浜市)・隆学兄(呉市)・ドビッシー(フランスの作曲家、1862年)・シェーラー(ドイツの哲学者、1874年)《歴史メモ・東京の路面電車が新橋~品川で開始され「チンチン電車」と愛誦された(1903年)・日韓併合(1910年)・柔道が五輪の正式種目に決亭(1960年)》


何をするにも愛を目的とし、『わたしの弟子であるという名のゆえに、この小さい者のひとりに冷たい水一杯でも飲ませてくれる者は、よく言っておくが、決してその報いからもれることはない』(マタイ10章42節)

 イギリスの初期の社会主義運動家、エドワード・カーペンターの詩に、こんな詩がある。
  ひとつひとつの行ないに、あなたの注いだ愛の報いを求めてはならない。
  もし愛の報いを期待すると、それでおしまいになる。
  そうではなく、愛を目的にあらゆる行ないをしなさい。
  そうした時、今求めているものが最後に手に入るのだ。
  そのことがはるか昔の思い出になった頃、
  あなたのもとには誰も取っていくことのできない、永久不滅の財産が残っていることだろう。

 この詩の精神だが、何をするにも愛を目的とせよ、親切であらんがために親切であれ、決して代償を求めてはならない、報いを求めないでやったことが、自ずと自分のためにもなっているのだ!と言っていると思う。すなわち、冒頭に掲げた聖句にある通り、たとい「小さい者のひとりに冷たい水を一杯与える」という小さな愛のわざであっても、決して神の報いからもれることはないということである。
 そうすると、人が見ていようがいまいが、人からの報いを求めないで、ひたすら愛と正義のわざに励みなさいということになる。そして神からの御褒美なのだが、それは老若男女、学識経験を問わず、すべての人に与えられるのだと信じることだと確信する。それが心の安らぎ、満ち足りた喜びとなるばかりか、永遠の生命の冠となって表されるわけである。一日一日、報いを求めないで、愛のわざに励ませて頂こう。
 
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