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忙しさは心のうるおいを失くす

 投稿者:敏・記  投稿日:2016年 8月21日(日)01時05分54秒
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  ・きょう(21日「噴水の日」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。たしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・桃乃学姉(府中市)・朗子学姉(長野市)・マードック(イギリスの発明家、1754年)・ミシュレ(フランスの歴史家、1798年)《歴史メモ・ヘンデル「メサイヤ」を作曲(1741年)・生麦事件起こる(1862年)・東京上野で日本初の噴水が作られた(1877年)》*主日礼拝(聖歌隊練習、ハンドベル練習)

 「お忙しいですね」の言葉が挨拶になるほど、私たちは毎日何かに追い回されているようである。そのために私たちは、「なかなか暇がない」とか「とても忙しくてね」とかいう言葉が、いかにも名誉なことかのような錯覚に陥ったりする。そして「自分は本当に忙しいのだ」「忙しくしていなければならないのだ」と思い込んでしまったりする。この「せかせか症候群」は、残念なことに「ゆっくり事を行なうこと」や「暇であること」が罪悪かのように思ってしまう。「ゆっくり事を行なう」というのはそれほど悪いことなのだろうか。谷川俊太郎氏の「急ぐ」という詩がある。

  こんなに急いでいいのだろうか
  田植えする人々の横を時速二百キロで通り過ぎ
  私には彼らの手が見えない 心を思いやる暇がない
  (だから手にも心にも形容詞はつかない)
  この速度は早すぎて間が抜けている
  苦しみも怒りも不公平も絶望もすべて流れてゆく風景
  こんなに急いでいいのだろうか
  私の身体は速達小包、私の心は消印された切手
  しかもなお間にあわない
  急いでも急いでも間にあわない

 私たちの「忙しい」というのは、実際に時間が無いということよりも、心の潤いの喪失のほうに問題がありそうである。関連してJ・O・サンダースという人は、「偉大なる人物は、決して忙しいという自分の気持ちを他人に印象づけしない。むしろゆったりとしている感じを与える。非常に忙しくしているという印象を与えるような人ほど、たいてい非能率的な小人物である」と言っている。忙しいというのを心のどこかで誇りにしているこの者には、非常に耳の痛い言葉である。
 聖書のことば『あなたがたは立ち返って、落ち着いているならば救われ、穏やかにして信頼しているならば力を得る』(イザヤ書30章15節)

 
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