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人は期待されて伸びる

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 5月18日(金)00時40分34秒
  ・きょう(18日「国際親善デー」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・義人学兄(富士市)・浩子学姉(川越市)・バクーニン(ロシアの思想家、1814年)・ダンテ(イタリアの詩人、1265年)《歴史メモ・第一回目の万国平和会議がオレンダで行なわれ「国際親善デー」とした(1899年)・六本木にアークヒルズ誕生(1986年)》

 プロ野球は、セ・パ両リ-グの交流戦に突入したが、昨夜は巨人ジャイアンツが試合に勝ち、ファンに一人として喜んだ。最近の巨人の戦い方で思うのだが、原監督の若手選手を生かす育て方に拍手を送りたい。それは「選手はかならず、監督の期待する通りのものとなる」という、人生哲学を感じるからである。これは野球に限らず、教育にも大いに当てはまる。たとえば「この生徒は集中力がないので、あまり伸びることはない」と思っていると、思った通りになって伸びはしない。反対に「この生徒はいま乱雑ではあるが、かならず良くなって行く」と思っていると、やっぱりそのようになる。私たちの疑惑は疑惑を生み、人を低く評価すれば人品の卑しい人が現われてくる。人々から最善のものを期待する人は、期待どおり最善のものを得る。
 イギリスの名門ラグビー校の校長トマス・アーノルドについて、当時の生徒たちはこう言ったという。「アーノルド先生にはウソがつけないよ。だって、こっちの言うことを全部信じちゃうんだもん。そして、どんな生徒をも信頼の目で見てくださるんだもん」。生徒たちの道義心に対するアーノルド校長の全面的信頼が、生徒たちに道義を重んずる義務を課すという結果になったわけである。
 もう一つの話を。第一次世界大戦で多くの兵隊たちに慕われた或る大尉についてドナルド・ハンキーが次のように書いているが、これは見事な人物描写だと思う。大尉は小隊にやってくるとまず、動作のにぶい兵隊たちを選び出した。それは彼らをいじめたり、叱ったりするためではなく、助けるためだった。大尉はこれらの男たちが立派な兵隊になれると信じていた。ハンキーの文章はこう書かれている。「大尉の信頼は伝染していった。彼が兵隊たちを見、兵隊たちが彼を見ると、みんな身体が引き締まって、“ようし、やってやるぞ”という気持ちになるのだった。兵隊たちは自分たちの持っている力に驚いた」。
 大尉の微笑みも話の種になった。「大尉の笑顔には何か私たちに語りかけるものがありました。“私はお前たちを誇りに思っている。ほかのどんな小隊よりも立派に戦ってくれることを信じている”とこんなふうに言っているように見えるんです。それで、私たちは大尉の期待にこたえる決意を固めたのです」と。イエス・キリストこそ、いつもそういう眼で私たちを見てくださっているのである。
 

福音に感謝する日々を

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 5月17日(木)04時37分24秒
  ・きょう(17日「世界電気通信記念日」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・茉利子学姉(宮崎市)・理々男兄/美智子姉結婚記念日(札幌市)・ジェンナー(イギリスの医師、1749年)・ボッティチェリ(イタリアの画家、1444年)《歴史メモ・府県郡制の公布(1890年)・男女雇用機会均等法が成立(1985年)・万国電気通信連合が発足して「通信記念日」とした(1968年)》

 デンマークには古来いろんな豊かな話があり、先祖代々、子どもたちに語り継がれているという。次の「蜘蛛の話」もその一つで、アンデルセンも幼いころ聞いて育ったのだという。
 『ある時、一匹の蜘蛛が納屋の天井から一本の糸でするする降りて来て、巣を張りめぐらした。この蜘蛛はこの巣にかかる虫をよく捕えて結構な生活を楽しんでいた。ところがある日、自分の巣を高い天井の木につないでいる一本の糸を見て、なぜこんなものが必要なのかと思った。蜘蛛はスルスルと上って行くと、その一本の糸をプツンと切ってしまった。そのとたんに、彼の巣は全部つぶれてしまった。』
 たったこれだけの短い話だが、何とうまく人間の世界を描いていることかと思う。私たちは富や地位を得ると、すべてが自分の力で得られたかのように、すぐ高慢になってしまう。生命を与え、健康を支え、その他すべての祝福を与えて下さった神を忘れてしまう。暗黙のうちに、そういうことを考えさせてくれる話である。
 もう一つのお話を………。『或る少年が傾斜の急な屋根に乗っていたところ、足をとられてすべり落ち始めた。少年は思わず「神さま助けて!」と祈り叫んだが、すべり落ちる途中にズボンがクギに引っ掛かって止まることが出来た。とたんに彼は、「神さま、もういいですよ」と言った』。身につまされる話である。「神の恩を直ちに忘れてしまう自分」、「苦しい時だけ神だのみの自分」への警告として受けとめたい。
 聖書の中に、キリストの語られた「富める農夫」の例え話があるが、これが上のお話の原典ではないかと思う。それは『農作に恵まれた一人の農夫が、豊作を与えてくださった神を忘れた。人は神を忘れる時、隣人をも忘れる。彼は周囲の貧しい人々の必要を忘れ、自分のために作物を貯え、「さあ安心せよ、食え、飲め、楽しめ」と言った。そのとき神は、「愚かな者よ。あなたの魂は今夜のうちにも取り去られるであろう。そしたら、あなたが用意した物は、誰の物になるのだ」と言われた。』

   『都会と田舎』(河野 進)
   にぎやかな都会ほど あいさつが少なくそまつになります
   さみしい田舎ほど あいさつが多くてていねいになります
   心まで騒がしい都会になりませぬよう
   祈りが絶えず訪れる 静かな田舎にしてください 天の父さま
 

主イエスによる教育は「刈り込み」である

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 5月16日(水)01時17分12秒
  ・きょう(16日「旅の日」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・雅代学姉(相模原市)・陽子学姉(広島市)・利恵学姉(川崎市)・拡司学兄(町田市)・芳昭学兄(原町市)・裕子学姉(目黒区)・悦子学姉(鹿児島市)・湖太郎くん(富士市)・ヒューズ(イギリスの発明家、1831年)・リュッケルト(ドイツの詩人、1788年)《歴史メモ・日本、WHOに正式加盟(1951年)・日本の女性登山隊が世界初のエベレスト登頂(1975年)》

 「教育」と聞くと、みんな「伸ばすことが教育」だと思っている。ところが聖書が教えているところの教育は「刈り込みの教育」である。なぜならば『わたし(イエス・キリスト)につながっている枝で実を結ばないものは、父がすべてこれをとりのぞき、実を結ぶものは、もっと豊かに実らせるために、手入れしてこれをきれいになさるのである。』(ヨハネ15:2)と教えているからである。
 私たちの人生も全く同じである。「とりのぞく」とは、木の幹をたくましく太くするための下枝の刈り込みが必要になる。人間としての基本的な心構えの言葉(「下枝は切れ!下枝を切らなければ親木は育たない」)を、折にふれては子どもたちに語って行くことは、また一緒にそのような生き方をして行くことは、私たち親や教師に課せられた最少限の責務だといえよう。
 小原国芳先生を最も尊敬していて、新潟に敬和学園を創立された太田俊雄先生は、よく学生たちを引き連れては林の中に入りそこで説教をされたという。「木は成長するために、いっしょうけんめいに枝を張っていきたいだろうね。養分を吸収するためにね。だけど、ほんとうに成長するには下枝を切らねばいかんのだ。甘いものを食べたい、という枝。遊びたい、寝坊をしたい、わがままをしたい、自由にさせて欲しい……いろいろの小枝がニョキニョキと出てくる。それをそのままにしておくと、この木のようにヒョロヒョロとした人間にしかなれない。下枝を切るのは、この幹を立派に育てたいからなんだ。下刈りもしてやろう。周囲からからみついて、木の成長を妨げているカズラの類はいくらでもある。こうして切っておくと、君たちが大人になった時は大きな幹になっているぞ!しかし、下枝は他人に切ってもらうだけでなく、自分でも切らねばならない。切れば痛いぞ。痛くても切る。伸びる自主性、伸ばす自主性と同時に、切り捨てる自主性も忘れてはならない」と。
 そして、「刈り込みの教育」のもう一つは、渋柿を甘柿にする接ぎ木の教育である。渋柿の木は、どんなに手入れをしてやっても、またどんなに肥料を施してやっても、渋柿には渋柿の実しかならない。甘柿をならせるためには大手術をしなければならない。幹の根元から切り倒し、そこに甘柿の枝をつぎ木しなくてはならない。『甘柿の枝とのつぎ木』それが『主イエスとのつぎ木』であり、「愛・喜び・平安・寛容・親切・善意・誠実・柔和・自制」(ガラテヤ書5:22~23)のいのちの実を結ばせることとなる。
 

夢なき民は滅びる

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 5月15日(火)01時40分12秒
  ・きょう(15日「沖縄、日本復帰の日」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・伊子学姉(千葉市)・千夏学姉(町田市)・宏子学姉(安中市)・充夫学兄(八王子市)・より子さん(流山市)《歴史メモ・沖縄が日本に復帰(1972年)・日本初のコンビニエンスストアがオープン(1974年)・Jリーグが開幕(11993年)》*自然幼稚園の園児への音楽指導(10:30分~11:30分)

 『あなたがたの老人たちは夢を見、あなたがたの若者たちは幻を見る』(ヨエル書2章28節)

 現場の学校教師の多くが、「現代の子どもたちの多くが、未来への夢を持っていない」と嘆いているのを耳にする。「幻(ビジョン)無き民は滅びる」と旧約聖書にあるが、子どもたちに夢を持つことをさせなくしてしまったその一員として、強く責任を感じると共にに、このままではいったい将来の日本はどうなるのか?と心配になってくる。少なくとも、いま自分が係わる子どもたちだけであっていい。やがて自分の才能を発揮して、人のお役に立つ奉仕の夢を抱かせる教育をしたいと思う。
 少女時代に抱いていた社会奉仕のビジョンがそのまま実現されて、尊い奉仕の人生となって人生を送った一女史のことを紹介したい。やがて救世軍の創始者となったブース夫人がその人である。次は、女史の少女時代の作文である。
 『私の大好きな望みは、貧しい人たちのために何かをすることでした。私は、人形の衣装タンスを整理していた時、あるいは輪を転がしていた時、何という幸福なビジョンを持ったことでしょう。それは、私が飢えた人々に取り囲まれ、彼らに熱いスープを与えているビジョン、ボロを着た人々に暖かい上着を着せているビジョン、深い悲しみに沈んでいる人々を慰めているビジョン、そして……幼い時から母の訓育によって、善を成すことは喜びを生み出すということを教えられていたので……邪悪な人々を良い人々にしようと導いているビジョンでした!
 それにすばらしい将来の夢でした。そして、最も素晴らしかったことは、年が経つにつれて、それらが、ますます懐かしく、ますます現実的なものとなり、遂に夢ではなくなり、それらが一つまた一つと実現されて行ったことでした。』
 スポルジョン、ミュラー、ルター、新島襄たち、どの人の生涯も祝福されたのは、どこにあったのだろうか。それは、学校の学びによってではなかった。また、生まれつきの才能からでもなかった。彼らの持っていた夢(ビジョン)と計画の中に、いつも神が位置をお占めになり、彼らの生活が神のみこころを拠り所としていたからである。
 

愛は同情から始まる

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 5月14日(月)02時36分59秒
  ・きょう(14日「種痘記念日」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・明子学姉(福岡市)・まちこ学姉(江戸川区)・昌於学兄(川崎市)・七重さん(多摩市)《歴史メモ・イスラエル共和国建国(1948年)・ジェンナー、わが子に種痘を行ない成功「種痘記念日」となった(1796年)・承久の変起こる(1221年)》

 長年小学生や幼稚園児と接していて、いつのまにか見失ってしまった人生の真実さなど、彼らの純粋な目がそれを見事に言い当てていることかと思わされたことが度々あった。このことについて、作家の落合恵子さんは、「子ども時代は、大人になるための準備期間ではありません。もう立派な、独立した季節なのです。彼らは、常識とやらでがんじがらめになっている大人たちには見えない、人生の真実をズバリ、言い当てたりします。私が子どもを好きなのは、そして、時には子どもが恐いのは、その点にあるのです」と、述べておられる。ホントにその通り、幼い子どもであるほど心は白く汚れていないと思う。
 或るお母さんの、実際にあった話を取り上げてみたい。そのお母さんが幼稚園生になる女の子に、すぐそばにあるパン屋さんにパンを買いにお使いに行かせた。母親は「もうすぐ夕食だから、すぐに帰ってくるように」と伝えた。ところが何十分経っても帰ってこない。心配になり、迎えに行こうと思ったその時、帰ってきたのでほっとした。
 ところが肝心のパンを娘は持っていない。しかも泣いた跡がある。「どうしたの?パンはどこなの?」と聞いた。すると女の子は目にいっぱいなみだをためて、「ごめんなさい、あのね、パンのことはすっかり忘れたの。途中でヨシ子ちゃんが転んでケガをしていたので、助けてあげたの」という返事である。「そうだったの。それで、どんなにして助けてあげたの?」と母親が聞くと、「あのうー、わたし、わたし、ただ一緒にヨシ子ちゃんと泣いたの」という答えだった。母親の「いいことをしたわね」のひと言で決着したという話だが、「泣く者と泣く」ということが大きな助けであり、慰めだということを子どもに教えられたということだった。
 主イエスは『互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である』と言われた。愛は同情から始まる。キリストは、貧しい人、苦しんでいる人、悩んでいる人を見ると、助けないではいられなかった。いわゆる同情の固まりのような愛の方で、多くの人々を助け、救われた。今もなお、私どもに同情してくださる方である。
 

母の日の起源は?

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 5月13日(日)02時28分43秒
  ・きょう(13日「母の日」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・宏文学兄(横浜市)・勝治郎学兄(川崎市)・真紀学姉(相模原市)・太郎兄/淳子姉結婚記念日(佐久市)《歴史メモ・ジャパンケンネルクラブが「愛犬の日」を制定(1994年)・職員採用の国籍条項を撤廃(1996年)・アメリカバージニア州の教会の行事から「母の日」が生まれる(1908年)》*主日礼拝(聖歌隊練習、ハンドベル練習)

 きょうは5月の第二日曜日、「母の日」である。日本各地の教会では「母に感謝する」ひとときが持たれるが、全世界の教会でも記念会が持たれているようである。
 この「母の日」はいつから始まったのか、今朝はその起源について書いてみたい。1908年すなわち今から104年前、アメリカバージニア州のウエプスターの教会での出来事がきっかけとなった。教会学校で、ジャービス夫人が「あなたの父と母とを敬え」(エペソ書6章2節)の聖句を子どもたちに教えながら、「お母様の大きな愛に感謝を表わす方法を考えてください」と話した。その話を聞いていた娘のアンナは母の死後、教会での追悼会に母の愛への感謝をカーネーションの花を贈って表わした。列席者はそれに感動を覚え、5月の第二日曜日を〈母の日〉として記念する行事とし、それが全世界に広まったのだった。
 何一つ報いを求めず、自らの生命を涸らして、子どもたちのために尊い愛を注ぐ、世界中の母親に感謝したいものである。感謝は具体的表現を要する。私たちも娘アンナさんのように、形はどうであろうとも、具体的な行動を取って感謝を表わしたい。
河野進さんの詩二編を紹介しよう。

   『心残り』
   ひさしぶりに会った友人に 真っ先にたずねる
   「お母さんはお元気ですか」
   別れのあいさつは
   「お母さんによろしく」
   ほかに言い忘れても 心残りはない。

   『赤ちゃん』
   赤ちゃんを産んだ母が 真っ先にたずねる
   「からだはまともですか?」
   「丈夫な赤ちゃんですとも」「ありがとうございます」
   母よ このへりくだった感謝を いつも忘れないで。
 

労苦無しに偉大さには到達できない

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 5月12日(土)00時54分54秒
  ・きょう(12日「看護の日」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・和香子学姉(草加市)・ヒロ子学姉(川崎市)・とく子学姉(大和市)・久美子学姉(福岡市)・美紀学姉(大和市)・ナイティンゲール(イギリスの看護婦、1820年)・ロセッティ(イギリスの画家で詩人、1828年)・フォーレ(フランスの歌曲の作曲家、1845年)《歴史メモ・治安維持法施行(1935年)・ベルリン封鎖解除(1949年)・近代看護の祖、ナイティンゲールの誕生日にちなみ、「国際看護婦の日」を制定(1965年)》 *下野昇氏(テノール歌手)の演奏会へ(上野の文化会館 13:00分)

 ラクに成功し、ラクをして生きたいというのが、みんなが願っていることである。或る人がJ・アゲットの所に訪ねて来た。アゲット(1877~1947年)は当時、全英国中に知れ渡った偉大な劇作家であった。さて、その来訪者は彼に劇作家になる秘訣を尋ねてみた。J・アゲットの答えはこうだった。「劇作家になろうとする前にまず、三十人ほどの大劇作家の作品を研究して、偉大な戯曲とはどんなものかを知るように努めることだよ」。来訪者はこれにびっくりした。「そんなことをしていたら、全部読み終わらないうちに年齢を重ねてしまう」というのだった。
 J・アゲットはそれに対して「少なくとも何十年経たなければ、価値のある作品は書けませんよ」と答えた。労苦無しには誰も偉大さに到達することは出来ないという訳である。
 徹底した努力!その一つの例として、近代日本文学評論家として有名な矢沢永一氏の「徹底した読書」を取り上げてみよう。(矢沢永一著「人間通」新潮選書より)
 『現代はあまりにも書物が多すぎる。何を読んだらいいのか迷いに迷う。大型書店では老若男女が右往左往して困惑の表情である。でも「徹底してこの道を深めたい」という人であるならば、思い切って身銭をきることだ。その道を知るためにはどの一冊を読んだらいいか、そんなケチくさい厳選趣味は捨てて、その主題に関係がある本を一冊残らず全部買ってタクシーで帰ったらよい。おそらく十万円もあれば大丈夫だろう。それを高いと思う根性が間違っている。
 自動車が運転できるようになりたいと願う人は数限りない。独習は不可能だから必ず自動車教習所に行く。その授業料として払う何十万円を誰が惜しいと思うか。それなら読書という明らかに一生を左右する重大な学びのために、同じ何十万円払っても不服はない筈だ。教育の本十万円、信仰の本十万円、それで道筋がつけば実に安価いものではないか。
 店頭でいくら心眼を凝らして睨んでも本の値打ちは判らない。或る人が学友としてふさわしいかどうか、まずは一対一で語り合ってみるのと同じ呼吸である。まず買え。そしてどんどん読め。これが読書三昧に不可欠の手続きである。』
 

価値ある宝物さがし

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 5月11日(金)03時07分44秒
  ・きょう(11日「鵜飼い開き」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・恵理学姉(葛飾区)・麗子学姉(札幌市)・照彦学兄(長野市)絢香さん(長野市)・カルボー(フランスの彫刻家、1827年)・ダリ(スペインの画家、1904年)《歴史メモ・ノモンハン事件(1939年)・日本聖書神学校創立(1946年)》

 ギリシャの昔話に次のような話がある。
 一人のお金持ちの農夫が、死を前にして息子たちを枕元に呼び、「私の宝物が畑の中に埋められているので、お前たちが金持ちになりたかったなら、それを掘り出しなさい」と遺言して世を去った。父親の死後、息子たちは、父親がお金を鉄の箱に詰めて畑のどこかに埋めていると思い、懸命に畑を掘り始めたのである。長い間かかって、隅から隅まで掘り返したのだが、それらしい箱はいっこうに見つからない。忍耐しながらこれまでになく、深く深く掘り返して探したがムダだった。
 やがて春がやって来たので、種蒔きをするために、一時宝探しの手を休めなければならなくなった。そして夏になり、やがて収穫時となった。ところが何と驚いたことに、いままで見たこともないほどの大収穫が得られた。息子たちがこれまでになく地を深く掘り起こした結果の大収穫で、息子たちは「なるほど、父親の遺言はこのことだったのか。その通り、大金持ちになった」と口々に言った。
 この昔話と同じく、私たちのためにも先祖伝来の宝物が埋められていることを知ろう。それは、畑の中にではない、聖書という一冊の本の中にである。そして神は私たちに、「あなたが人生で本当の宝物を得たいと思うなら、この本の中にそれを探しなさい」と勧めておられるのである。
 使徒パウロは、その弟子テモテ宛てに次のように手紙を書いた。『あなたは、幼い時から聖書に親しみ、それが信仰によって救いに至る知恵であること、あなたに与え得る書物であることを知っている。』(Ⅱテモテ3章15節~17節)と。日々聖書に親しみ、本当に価値のある宝物を探したいものである。

  『いま』(河野 進)
  いま聖書を読まなくても 祈らなくても  施さなくても いつか機会がある
  その思いに みじんも傲慢はないか
  今日でさえ 自分のものではないのに
 

愛は自分の利害と何の関係もない

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 5月10日(木)00時37分1秒
  ・きょう(10日「バードデー」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・恵学姉(所沢市)・バルト(スイスのプロテスタント神学者、1886年)・瀬戸口藤吉(「軍艦行進曲」の作曲者、1868年)《歴史メモ・教科書検定条例制定(1886年)・アメリカ、最初の大陸横断鉄道完成(1886年)・連合国軍総司令部の勧告で「愛鳥の日」制定(1950年)》

 一生懸命に親切をした積もりだったのに、逆に相手から冷たくされてしまった、好意を持った人と道路でぱったり会ったのにそっぽを向かれてしまった、など寂しく辛い思いをした体験を持ったことはないだろうか。この者にもそんな経験が何回もある。
 ところが聖書には『わたしがあなたがたを愛すれば愛するほど、あなたがたからますます愛されなくなるのであろうか』(Ⅱコリント12:15)という聖句があり、上記のことではないかと、身につまされる思いがした。これは信仰の勇者・パウロが言った言葉なのだが、その彼さえも、人間としての寂しさややりきれなさを告白しているわけである。すなわちこれは、パウロが献身的な奉仕をしたにもかかわらず、コリントの教会の人たちの評価と態度は、悪意と冷淡さに満ちたものだったときの嘆きの言葉である。すなわちパウロの愛に対しての人々の反応は、反比例の関係にあったということである。
 人間の世界には、こちら側が愛しても冷たい反応しかない、ということがままあるものである。そんなときこそ、愛100パーセントのイエスさまでさえ、人から受け入れられるどころか、逆に十字架につけられてしまった、それでもそういう人々を彼は許され愛された……、その愛の中に私たちも生きようではないかというのである。

  『自分』(河野 進)
  自分を愛する者を愛したからとて なんの報いがあろうか
  愛は自分の利害となんの関係もない  愛は自分の好き嫌いとなんの関係もない
  愛は自分の立場となんの関係もない  愛は自分の主義主張となんの関係もない
  愛は自分の持ち物となんの関係もない 愛は自分の敵味方となんの関係もない
 

ひと言の重さ

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 5月 9日(水)02時25分57秒
  ・きょう(9日「アイスクリームの日」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・育子学姉(横浜市)・愛子学姉(世田谷区)・淳子学姉(大和市)・香名子学姉(川口市)・真樹学姉(新潟市)・碧さん(新潟市)《歴史メモ・郵便の日曜配達廃止(1965年)・横浜の馬車道通りで「あいすくりん」が売り出されたことにちなみ、協会が「アイスクリームの日」に制定した(1965年)・日本隊、マナスル初登頂(1956年)》

 親や教師たる者、子どもの人格を真に大事にしたいならば、常に自分の発する一言一言に気を配り、子どもに自分は欠点だらけの人間だとか、罪を犯してしまったのだと感じさせたり、怒らせたり、復讐心を駆り立てるような言葉を発しないよう気をつけたいものである。子どもが恨んだり、反抗したくなりそうな批判や忠告を、いつも避けることである。『主よ、わが口に門守を置いて、わがくちびるの戸を守ってください。』(詩篇141篇3節)との聖書の御ことばは、その忠告として受け止めたい。
 次に挙げる日記文は、或る五年生を受け持っている先生が、上の御ことばから自分の間違いに気がつき、悔い改めた反省記録である。
 『ひとむかし前までは、「なぜ」という言葉は、学習する時の質問用として使っていたはずだった。ところが自分はその「なぜ」を、いつの間にか子どもへの批判の切り札のようにして使っていることに気がつき、愕然とさせられた。「なぜもうちょっといい子になれないんだ?」「なぜキミはそんなにわがままなんだ?」「なぜキミは、みんなとそう喧嘩ばかりやっているんだい?」「どうして他の子と同じように集中して学習が出来ないんだ?」「なぜみんなの邪魔をするんだ?」「なぜキミはこんなにちょこちょこ動きまわってばかりいるのかねえ」「なぜ、何回も注意しているのに、同じことを繰り返すんだ」などなど……。
 子どもから見て、私の発する「なぜ」は不承認、落胆、不愉快として伝わり、敵意に満ちた言葉であったに違いない。これからは、「なぜ」の言葉を本来の質問用語としてだけに使うようにしたい。子どもへの尊敬があったなら、批判的な言葉は出ないはずである。この反省を生かし、子どもたちには、自分の人生に対して責任を持たせるような導き方をして行こうと思う。』

  『説教』(河野 進)
  思想の説教  聖書の説教  神学の説教
  哲学の説教  教理の説教  社会問題の説教
  わたしのよろこびは やっぱり手の説教
 

少年の発した慰めと希望に満ちた言葉

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 5月 8日(火)03時04分31秒
  ・きょう(8日「世界赤十字平和デー」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・洋子学姉(酒田市)・千恵子学姉(福岡市)・亮太くん(福山市)・クワールズ(イギリスの詩人、1592年)・ロッセリーニ(イタリアの映画監督、1906年)・ギボン(イギリスの歴史家、1737年)・デュナン(ナイチンゲールの活動支持者で、赤十字運動を提唱、1859年)《歴史メモ・イギリスの王政復古(1660年)・東京YMCA創立式(1880年)・赤十字の生みの親デユナンの誕生日にちなみ、「平和デー」を制定(1948年)》

 今からもう十年ほど前になるが、「百万人の福音」という月刊雑誌の中にあった或るアメリカ人一家の話に感動して、ノートにメモッていた。今朝はその話を取り上げて、紹介してみたい。

 ロジャーさん一家は、信仰心に篤い両親と、子ども三人の家庭である。お父さんは、子どもたちが天の神さまを心から信じて生きてくれることを、何よりも願っているそんな人だった。時々、子どもたちに「ねえ、おまえは神さまってどんなお方だと思う?」というように問いかけては、子どもたちが自分の言葉で心の中にあることを話す機会を大切にしていた。
 ある晩のこと。その日は末っ子のジミーが、自分がもらってる永遠の命とはどんなものかを話す番だった。七歳の彼はこう言った。「あのね、僕たちはみんな、いつか天国の門のとこに行くでしょ。そしたら、でっかい天使が出てきて、持っている本を開いて、天国に入る人みんなの名前を呼ぶの。うちの家族の所にも来て、まず『お父さんはいますか?』と聞いたら、父さんが『ハイ、ここにいます』って答えるでしょ。次に天使が『お母さんは?』と大きな声で呼んだら、母さんも『ハイ』と返事するの。それから天使はこっちにも来て、兄さんと姉さんの名前も呼ぶんだ。二人とも『ハイ、ここでーす』と言うの」。ジミーはそこで、大きく息を継いでから続けた。「最後に、その大きな天使は『ジミー・ロジャーはいますか?』って、僕の名前を呼ぶんだ。僕が小さ過ぎて天使に見えないといけないから、僕、ジャンプして、すっごく大きな声で、天使に分かるように『ハーイ』って言うんだ」
 大事故が起こったのは、その数日後である。スクールバスに乗り遅れそうになって急いで道を渡ろうとしたジミーが、反対側から走ってきた車にひかれたのである。救急病院に運び込まれ、家族全員が駆けつけた時には、ジミーは重態だった。家族に囲まれてベッドに横たわるジミーの体は動かず、意識も全く戻らない。医者たちは全力を尽くしたが、どうすることも出来ない。小さい命は、もう、翌朝まで持ちそうもなかった。家族は祈りつつ、片時もそばを離れなかった。真夜中近く、ジミーにほんの少し意識が戻ったような気配が感じられた。みんなが一斉に枕元に顔を寄せた。その時、ジミーの唇が動いた。それは、この地上の生涯で彼が最期に残した、たった一つの言葉だった。しかし、あとに残された家族にとって、それは何と慰めと希望に満ちた言葉だったことだろう。
 ジミーは、全員がそれと聞き取れるほどはっきりした声で、こう言ったのである。『ハーイ』そして、ジミーは息を引き取ったのだった。
 

ひとつ ひとつに神の御手の働きを感じて

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 5月 7日(月)03時20分59秒
  ・きょう(7日「博士の日」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・佳子学姉(座間市)・ブラウニング(イギリスの詩人、1812年)・チャイコフスキー(ロシアの作曲家、1840年)・ブラームス(ドイツの作曲家、1833年)《歴史メモ・品川~横浜間に日本最初の鉄道開通(1872年)・東京国立近代美術館完成(1969年)・ソニーの前身「東京通信工業」設立(1946年)・日本で初の博士が誕生し「博士の日」を制定した(1888年)》

 聖書を読んでいて、神さまの私たちに最も求めておられる生き方は、「平凡な生活の中に造り主のみわざを覚えて生きなさい」である。その聖句の箇所を挙げると『敬虔に、また威厳をもって、平安で静かな一生を過ごすため……』(Ⅰテモテ2章2節)とある。「平安で静か」これこそまさに「平凡と感謝」ということである。これはとてもやさしそうに見えるが、実はこれほど難しいことはないと思う。まさに、クリスチャンとしての完成された人間像は、平凡な生き方をしつつ感謝するということである。換言すれば、私たちは平凡さの中に、神の御手の働きや語りかけを見出して喜ぶ者となることである。たとえば「子どもの笑顔」「字が書ける」「目が見える」「親と一緒に暮らしている」に目を注ぐである。
 カレンダーで有名な星野富弘さんの詩や絵に、なぜみんなが感動するのだろうか。それはどこにでもある一輪の花の中に、私たちの見失っているものを思い出させてくれるからである。また、まばたきの詩人と呼ばれた故水野源三さんの詩に、なぜ感動するのだろうか。彼の世界が六畳ひと間と猫のひたいほどの庭でありながら、その小さな世界に働く神の偉大さを感じさせてくれるからである。
 実際に水野源三さんの詩を二、三掲げて共に味わってみたい。

  『今日一日も』
  新聞のにおいに朝を感じ  冷たい水のうまさに夏を感じ
  風鈴の音の涼しさに夕暮れを感じ  蛙の声 はっきりして夜を感じ
  今日一日も終わりぬ
  ひとつの事 ひとつの事に  神さまの恵みと愛を感じて

  『カレーライス』
  台所から 姪たちの野菜をきざむ音
  台所から お皿に盛られたあたたかいカレーライス
  飢饉に悩むアジヤの子どもたちに 食べさせたい このカレーライスを
 

否定的な思いを追い出そう

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 5月 6日(日)01時51分22秒
  ・きょう(6日「コロッケの日」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・隆子学姉(多摩市)・愛子学姉(厚木市)・タゴール(インドの思想家、1861年)・ロペスピエール(フランスの政治家、1758年)・フロイト(オーストリアの精神医学者、1856年)†メーテルリンク没(ベルギーの劇作家、1949年)《歴史メモ・世界初の切手発行(1840年)・新聞紙条例廃止(1909年)・冷凍食品組合が「こ(五)ろ(六)っけ」の語呂あわせで「コロッケの日」を制定した(?年)》*主日礼拝(聖歌隊練習、ハンドベル練習) *ハンドベルリンガーズ練習(15:00分~17:30分)

 仕事の面であっても、人間関係の面であっても、もし否定的になるとしたら、これは一種の病気だと思ってもいいだろう。この否定的になる病気は、生まれつきによるのではない。いわゆる精神感染だと考えていい。だから、もし否定的な考えが出てきたら、これに座席を与えてはならない。
 或る看護師さんが、一病人を非常に嫌っていた。そこで彼女は、この嫌いな病人の世話に行く時には、入り口で足をとめて祈った。すると『わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者の一人にしたのは、すなわちわたしにしたのである』(マタイ25章40節)という御声が聞こえた。自ずと彼女に愛が与えられ、病人をふたたびいやにならなかった。
 彼女が成功したのは、否定心のまま動かなかったからである。そして、決して自分に対してでも、人に対してでも、否定的な見方を心から締め出したからである。或る人が黒人に対して、「キミはなぜ、自分をイヤな人であることを承認しないんだ」と尋ねた。すると彼は、「私は神の子だ!父なる神に忠実であるためには、否定的なことを認めることは出来ません」と答えたのだった。これがイエスさまの十字架による和解と、平和の希望である。
 最後にぜひ、「ゲーテとの対話」という著書の中で、ゲーテが若きエッカーマンに語った、有名な言葉を取り上げてしめくくりたい。『否定的であることは無に通ずる。私が悪いものを悪いと言ったところで、いったい何が得られるだろう。ほんとうに人の心を動かそうと思うなら、決して非難したりしてはならない。どこまでも、よいことだけを行なうようにすればよい』

  『よかった』(河野 進)
  微笑んでよかった  黙っていてよかった
  悪口を言わないでよかった  がまんしてよかった
  おこらないでよかった  やさしく言ってよかった
  お祈りしてよかった  よかった よかっただけを
 

どんな生きがいを?

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 5月 5日(土)04時28分43秒
  ・きょう(5日「こどもの日」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・智恵学姉(習志野市)・いつみ学姉(町田市)・一彦学兄(町田市)・文子学姉(多摩市)・キェルケゴール(デンマークの思想家、1813年)・一茶(俳人、1763年)《歴史メモ・普通選挙法公布(1925年)・国家総動員法実施(1938年)・児童憲章制定(1951年)・多摩自然動物公園が開園(1958年)》

 人類史上、初の月着陸がアメリカのアポロ3号によって成し遂げられて、世界をあっといわせたのだったが、何年か後にそのアポロ3号の機長が来日した。その時、当時の防衛庁長官だった中曽根氏が「アメリカは何故にあの莫大な金銭を使って、非生産的な月世界まで行かねばならないのか?あの大金を社会福祉にでも回したならば一層よいのではないか?」旨の質問をした。
 そのときの機長の回答は次のようだった。「その考えは間違ってはいない。しかし物事は物質的損得計算ばかりで進めてはいけない。物質を超えた精神的な行動も必要である。このようなことをすることによって、精神文化は進む。これは人間の真の生き甲斐である」と。なるほどとうなずかされたことを覚えている。
 イギリスの歴史的伝道師スポルジョンは、「太陽は光と熱とを与え、月は太陽から受けた光を直ちに地球に返し、何億年前の大森林は地下に埋もれて石炭となって人間に熱源を与え、巨獣群は同じく地下に埋もれて石油となって世界の文化を高め、樹木は酸素と果実を、花は美しさと果物と芳香とを、川は灌漑を、海は魚、その他を与える。天地万有はみな与えるために存在し、ひとり人間だけは自分のために取り込むことだけ考え、他人に与えることをしない」と言った。
 では私たちは、何を与えようとしたらいいのだろうか。復活の主の至上のご命令の伝道のため、生きた金銭を使うことに心を砕きたい。「死に金持ち」とは、ただ貯め込むのを楽しんでいる人のことをいい、また「金銭の番人」ともいう。私たちはそのような、金を地中に埋め、金の奴隷となる人にだけはなりたくない。大河の源は小さな渓流に過ぎないが、その水は徐々に支流を集め大河となり、田畑に灌漑して美田と成し、無限の恵みとなる。私たちの「主のため、人のため」という善意も、初めは小さくてもやがては驚くべき貢献となって、社会、国家に尽くすことになる。金銭に限らず神への奉仕は、人間形成に役立つ。たといどんなに小額であっても、またどんなに小さな奉仕であっても、それが「主のため、人のため」であるならば、生きた銭、生きた品となる。

  『わずかな』(河野 進)
  天の父さま  今日
  一人の目をよろこばす わずかな手の動きを
  耳をたのします わずかなひと言を
  心をなぐさめる わずかな思いやりを

  
 

負の潜在意識が敗北につながる

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 5月 4日(金)01時24分14秒
編集済
  ・きょう(4日「国民の休日」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・薰学姉(相模原市)・徳子学姉(町田市)・麻美学姉(大和市)◆鎗田一さんご命日(松戸市))《歴史メモ・日中貿易協定調印(1955年)・堀江謙一がヨットで世界一周(1974年)・裁判所官制公布、警視庁官制公布(1886年)・祝日法改正で、この日を「国民の休日」とした(1985年)》

 今朝は「潜在意識がプラスよりも、マイナスの指示・命令に対してのほうが敏感の特徴を持っている」ということで記述してみたい。
 私たちが何かのことで心配してみたり、不安を持ってみたり、或いは恐れを抱いてみたりしていると、自分では気づかないうちに、不思議とその通りになってしまっているということである。潜在意識がそのように自分に命令しているからである。
 某内科医院の院長先生が約10年間、入院患者さんに健康についての調査をしたという。その調査では「自分は死について何も心配していない」という楽観的な人に比べ、「今は大丈夫だが、いつ死んでしまうか心配である」と答えた悲観的な人たちのほうが、いくら手を尽くしても死亡数が3倍であったという。心配や不安が早死にの引き金となるというわけである。
 旧約聖書に出てくるヨブという男は、「私のひどく恐れたことだけが、その通り私にふりかかってきた」と言っている。同じように私たちも、「研究授業に失敗するのではないだろうか」とか、「試合に負けるのではないだろうか」とか、「すぐダメになるのではないだろうか」などと心配すれば、必ずそうなってしまうというわけである。私たちのやるべきことは、どんなことに対しても不安、心配、失敗など悪いことを考えないで、成功、達成、実現を、ひたすら信じることである。
 大作曲家ベートーベンは、音楽家として一番大切な耳が、中耳炎がもとで三十歳を過ぎたとき聞こえなくなり、四十歳頃になると全く聞こえなくなったという。その上「月光の曲」を捧げたジュリエッタも去って行った。彼は絶望と苦悩のため、ひたすら自殺を思い、遺書を書き続けた。だが、遺書を書いているうちに、次第に自殺から開放感を覚えるようになった。「ぼくはもう死をなんか心配しない。死の運命ののど首をしめつけてやるんだ」と、自殺を放棄して以後、彼は孤独な世界の中にありながらも、後世に残る「第九シンフォニー」「荘厳ミサ曲」などの大傑作を作り出して行ったのだった。

  『希望』(河野 進)
  夜が朝に 冬が春に   枯れ枝が新緑に 氷山が暖流に
  痛みがやわらぎに 病いが癒しに   悲しみが慰めに 失意が希望に
  かわらない一刻があろうか   ひとときも動かず 輝かない太陽があろうか
  主イエスは疲れて まどろまれるであろうか  まして御顔を仰いで祈れない一瞬があろうか
 

世界一美しい女性

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 5月 3日(木)00時54分8秒
  ・きょう(3日「憲法記念日」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・真由美学姉(新潟市)・マキャヴェリ(イタリアの歴史家、1469年)《歴史メモ・新憲法施行(1947年)・リカちゃん人形の誕生(1967年)》

 ある一流化粧品会社が、「あなたのまわりにいる最高に美しい女性を推薦してください」というキャンペーンを行なった。数週間のうちに、写真を添えた推薦状が何千通も届いた。その中にとりわけ、従業員の注意を引いた1通があった。その手紙は、さっそくこの会社の社長に回された。手紙の主は、スラム街に住んでいるという少年だった。綴りの間違いを正したような手紙の内容は、おおよそ次のようなものだった。
 『ぼくの家から何軒か先に、美しい女性が住んでいます。ぼくは毎日会いに行っています。彼女といると、ぼくは自分が世界一大切な子どもだという気がしてくるのです。一緒にゲームをして遊びながら、彼女はぼくの悩みを聞いてくれます。ぼくの話をわかってくれ、ぼくが帰る時は大声で「あんたはわたしの誇りだよ」と言ってくれるのです』。 少年は、手紙をこうしめくくっている。『この写真を見れば、彼女が最高に美しい女性だということがわかるでしょう。ぼくも、彼女と同じくらい美しい奥さんを持てたらいいなあと思っています』。
 文面に好奇心をそそられた社長は、この女性の写真を見たいと申し出た。秘書が差し出した写真には、車椅子に乗った、歯の無い、かなり高齢の女性が写っていた。薄くなった白髪は、一つに束ねられて、その顔には深いシワが刻まれている。だがどういうわけか、きらきらと輝く瞳がどんな欠点も忘れさせてしまっていた。「この女性を採用するわけにはいかないな」と笑いながら社長が言った。「美しくあるためには、わが社の製品など必要ないと証明してくれているようなものだからね」。

   『飽きない』(河野 進)
   美しいものは 見飽きない    聞き飽きない
   語り飽きない  作り飽きない  使い飽きない  喜び飽きない
   大地よ   また女性よ
 

大切なほめ言葉

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 5月 2日(水)02時02分55秒
  ・きょう(5月2日「歯科医師記念日」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・静学姉(前橋市)・公哉学兄(町田市)・友くん(富士市)ジェローム(イギリスの作家、1859年)・スカルラッティ(イタリアバロックの巨匠、1660年)†ダヴィンチ没(イタリアの画家、1519年)《歴史メモ・風土記編纂始まる(713年)・世界初のジェット旅客機“コメット”英で就航(1952年)・最初のプロテスタント宣教師リギンス長崎に到着(1859年)・歯科医師の身分や業務を確立する「歯科医師法」が施行され、「記念日」を制定した(1906年)》

 今や音楽家として、また女優や文筆家として活躍中の教え子たちと、同窓会で久しぶりに会って、歓談しているうちに気付く共通点がある。それは彼らが『幼少の頃から、親に小さなことでも見逃さないで誉めることをしてもらった』ことである。この「褒められる大切さ」のことで、オズボーンは次のように述べている。『独創性を最も傷つけるものは、自分の愛する者からの冷笑である。家庭では、誉めることがいちばんよい。両親は子どもの独創力を、わずかでも失望させるようなことを言う前によく考え、相手の言うことに耳を傾けなければならない。面と向かって誉めると子どもの独創性を伸ばす助けになるが、他人に子どもを誉めさせ、それを子どもに聞かせるようにするともっと効果がある。
 子どもの時にはほとんど誰でも独創的である。しかし成長すると、ほとんどの人が非独創的になってしまう。一つの理由は、アイデアの重要性を十分に認識していないということであろう。もう一つの理由は、親がやたらに子どもをがっかりさせるか、でなければ積極的に子どもをほめないからである。友人でアイデアを商売にしている人があるが、彼がこのスタートを切ったのは子どもの時だという。ガス灯の火を消すアイデアを出したのである。彼の父はそのアイデアをすばらしいと言った。その晩、食事の時にお客も交えて彼は子どもの工夫力のすばらしさを何度も何度も繰り返しほめたたえた。この激励から彼は自分のアイデアを出すことができ、アイデアを出すことは面白いと思うようになった。この信念が彼を成功させたのである。』

  『母 子』(河野 進)
  「わたしはあなたの お母さんを知りませんが
   きっとあなたに よく似ているでしょうね」
   誰にも そう言ってあげてください  きっと喜びます
   全然ちがう母子って  いないですから
 

責めるのでなく、自分の気持ちを伝える

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 5月 1日(火)00時00分56秒
  ・きょう(5月1日「ユニセフの日」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・俊満学兄(調布市)・直樹学兄(市原市)・知伸学兄(川崎市)◆ドヴォルザーク没(チェコの大作曲家、1904年)《歴史メモ・最初の電信が打電される(1844年)・青山学院開校(1878年)・新選讃美歌刊(1888年)・第一回国連総会で「児童基金が創立された(1946年)》

 小学二年生の隆男君(仮称)は、いつも学級担任の男子教師の手を焼かせる子どもだった。しょっちゅう教科書は落とすし、給食中の牛乳はこぼすし、椅子をガタガタゆらせて騒音を立てたてたりするのである。その上どういうわけか、彼はいつもクラス中にごたごたを引き起こしていた。
 担任の男子教師はいらいらして、いつも彼に非難の言葉を投げかけた。「いったいなぜ、そんなにみんなに迷惑をかけるんだ。豚小屋に住んでいるわけじゃないだろうに」隆男君は黙って聞いてはいたが、何の効果も現われなかった。そしてそのまま、三年生へと進級した。
 新しい三年生の担任教師は女性で、二年生の時の男先生とは全く違った態度を取った。牛乳などこぼした時は、次のように言った。「隆男君、先生は、こんなにぐちゃぐちゃしたものを見ると、げんなりするよ。すぐに雑巾で拭かなくちゃあね」隆男は、きれいに雑巾で拭いた。彼はだんだん牛乳をこぼさなくなって行った。また、椅子をガタガタゆらせたりした時には、「先生はね、静かな雰囲気のほうが好きなんだ。そのほうが心が落ち着いて勉強出来るもんね」。彼は、ガタガタ音を立てなくなって行った。
 この女性教師は、隆男君個人について、非難や批判の言葉を口にしなかったからこそ効果を挙げられたのだった。すなわち二年生の担任のように彼を批判したり、責め立てたりするのでなく、自分側の感情をはっきり述べ、隆男君自身がやるべき事を具体的に指摘しただけのことだったのである。
 聖書のことば『主はあわれみに富み、めぐみふかく、怒ること遅く、いつくしみ豊かでいらせられる。主は常に責めることをせず、また、とこしえに怒りをいだかれない』(詩篇103篇8節~9節)
 

神は心の態度を見ておられる

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 4月30日(月)02時51分0秒
  ・きょう(30日「図書館記念日」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・真紀学姉(堺市)・忠昭学兄(多摩市)・昇学兄(多摩市)・信弘兄/三春姉結婚記念日(南会津郡)・レハール(ハンガリーのオペレッタ作曲家、1870年)《歴史メモ・函館にトラピスト修道院設立(1897年)・東京女子大学開校(1918年)・ベトナム戦争終結(1975年)・日本図書館協会が「図書館記念日」を決定した(1971年)》

 私たちはいろいろな人の目を意識して生活している。考えられるのは「あの人は自分をどう思っているだろうか?」という目である。家族の目、友人の目、職場の人の目、生徒の目、保護者の目。これは、私たちが人の間で生きている者なので当然だといえようが、自分の気持ちや置かれた立場によって、他の人の自分に対する目が違って見えたりする。時には人の目を恐ろしく感じてみたり、優しく感じてみたり、さまざまである。
 私たち日本人は特に、人の目を気にする国民だと言われる。それは、幼少の頃から「そんなことをすると、人から笑われるよ」とか、「人から褒められるよ」など、親や教師から言われて育ったことにあるのかも知れない。この事は裏返すと、人に知られなければ何をしてもよい、という考え方にもなる。しかし自分のやった事は自分の目が知っており、仮に自分自身や他の人の目をごまかせても、神さまの目をごまかすことは出来ない。
 この者の奉職時代、数人の子どもたちがこんな相談を持って来た事があった。「先生、私たちはトイレの掃除当番なんだけれど、いつも誰かがお菓子などをこっそり持ち込んで食べているらしく、包装紙や食べカスなどが散らかっているの!“こそこそ隠れて食べるのはやめましょう”と書いた張り紙をしたりするのだけれど、全然ダメなの!何かいい方法はないか教えて!」とのこと。私が「そうか。それじゃその張り紙の言葉を“神さまは、いつでもどこでも私たちの心の態度を見ておられる。善いことをしたら喜ばれ、悪いことをしたら悲しまれる!”の言葉に替えてみたらどう?」と言ったら、すぐに実行したらしい。一週間ほど経った頃掃除当番の子たちがやって来て、「先生不思議だねえ、あれから全然包装紙や食べカスなどが落ちてないの。やっぱり神さまっていらっしゃるんだねえ」と感心していた。
 聖書には、『身体を殺しても魂を殺さない人など恐れてはいけません。むしろ、魂も身体も共に地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい』と記されている。私たちが本当に恐れなくてはならない目は、人の目ではなくて神の目であることを、そして神は、私たちが正直に罪を認め告白しさえすれば、主にあって許してくださることを、幼少の頃から教えておきたいものである。

  『教え』(河野 進)
  泣かすより 泣かされる子に  追いかけるより 逃げる子に
  意地悪より すなおな子に  欲張るより えんりょする子に
  勝つより 負ける子に  うそをつくより 正直な子に
  病弱のお母さんが  いつのまにか教えてくれた
 

親切の宿なし

 投稿者:敏・記  投稿日:2012年 4月29日(日)04時20分38秒
  ・きょう(29日「羊肉の日」)が誕生日の方【贈ることば】『あなたは、わたしの目には高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)・節子学姉(奈良市)・裕芳学兄(軽井沢)・千恵学姉(横浜市)・恵子学姉(大和市)・静子学姉(八王子市)・正美兄/直美姉結婚記念日(大和市)・拓郎兄/久美子姉結婚記念日(鎌倉市)・中原中也(詩人、1907年)《歴史メモ・北海道のジンギスカン拡大促進協議会が羊肉普及のため「羊肉の日」を制定した(2004年)・奈良帝室博物館創設(1895年)・IOCが日本復帰を承認(1949年)》 *主日礼拝「讃美礼拝」(聖歌隊練習、ハンドベル練習)

 次の言葉を発した人は不詳であるが、私たち人間の愛を称して「山手線的な愛だ」と表現した人がいる。どういう意味かというと、東京の山手線は、右回りでも左回りでも、ぐるっと回って結局もとの駅に帰って来る。同じように、人が相手に親切をすると、結局ぐるっと回って、その親切が自分のところに戻って来るというわけである。なるほどうまいことを言ったもんだと感心させられ、「これはいただき」とばかり、「一周してる山手線、乗ったところにまた戻る、親切も同じ」という輪唱曲を作ってみた。しかし、一度講演先で披露をし歌ってみたけれど、そのあとどういうわけか空虚感を感じて仕方がなかった。そしていつしかその歌はボツにしてしまった。後から気づいたことだが、「親切をしたら、また戻って来る」という言葉の内側に、親切の見返りが隠されているみたいだと思ったからだった。
 残念なことに、私たちの愛や親切には、無意識のうちに見返りを求めているようである。「人間の愛や親切が、しばしば悲劇の種になるのは、そういう自己利益的なものがあるからである」と、作家の佐古純一郎氏がうまく表現している。たしかに表面的には、実に美しい行動のようでも、心の奥深くでは、自己の利益のために結果が計算されているということは考えられることである。だから親切をするとき、いつでも私たちは自分をごまかさないで見つめることをしたいものである。
 聖書には『心はよろずの物よりも偽るもので、はなはだしく悪に染まっている。だれがこれを、よく知ることができようか。』(エレミヤ書17章9節)とある。どんな時でも、キリストの生涯に自己中心からでない純粋の愛を見るようにしておれば、自分をごまかせないで親切が出来るようである。

   『宿なし』(河野 進)
   親切をして いつまでもおぼえている、
   親切をしてもらって すぐ忘れる、
   どちらも親切の宿なし。
 

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